カトリン「クレティ、こんなところでどうしたの?ホームルーム始めますよ」

クレティ「せんせー、ボルチャが私のパンツ盗んで逃げたので仕留めてやったんだけど」

クレティの指差すほうを見ると、背中にナイフが突き刺さったボルチャが居た。縞パンを頭に被ってうつ伏せに倒れており、尻には矢も刺さっている。

カトリン「あらまーボルチャったら」

クレティ「このクソボルチャが更衣室からニヤケ面で逃げようとしたので、ナイフを投げてやったの、水銀のように滑らかにね」

カトリンは、ボルチャの遺体の検分を始めた。

カトリン「あれ、パンツがもっこりしてると思ったら、すごいタンコブ」

クレティ「ああーそれは剣道部のマテルド先輩が、通りがかりに木刀でやってくれたんだよ、スピードボーナス185%ってとこだったね」

カトリン「ふうん、それならこの子、b系ダメで乙ってればワンチャン気絶で済んでるかもね、この矢は?」

クレティ「たぶんデシャヴィがスナイプしたんだと思うよ、どこだかわからないけど」

カトリンは振り返って校舎の屋上を見た、影のようなものがスッと動いたような気がした。

カトリン「まったく物騒な娘ねえ・・・。まあ、ボルチャは保健室でジェレムス先生に診てもらうから。あなたもパンツ持ち帰ってはやくホームルー・・・あれ?」

クレティ「どうしたの?」

 

カトリン「まあ!!これ私の縞パンじゃないのー!!!」

ボルチャ「!!!ウボァーー!!エレエレ」

 

ボルチャは自身が被っていたそのパンツで行った、数々のクンカクンカスーハー的な事象が走馬灯のように頭を駆け巡り、嘔吐した。

 

クレティ「えーっ!!!(ゴソゴソ)うわー私、パンツ履いてた!!(ガバッ)」

ボルチャ「ブーーーーーーーーーーー」

 

クレティが屈託なくスカートをたくし上げ、その隠された部分を公にさらすのを目の当たりにしたボルチャが鼻から盛大に出血し、出血多量にて再度気を失った。しかしその顔には笑みすら浮かんでいた。

 

 

ジェレムス「ほっといても治るわ、コイツ、明日にでも花壇に水やりにくるマルニドが気付くだろ」

ジェレムス先生はそう言うと同時に保健室の窓からボルチャを花壇に投げ捨てた。

 

その夜。学年主任のブンドゥク先生が、仮死状態のボルチャの頭から、そっとカトリン先生の縞パンを回収し、恍惚の笑みを浮かべてスーハーする様を、音楽教師のニザールは見てしまった。しかし、彼は優しく微笑むと、気付かれないようにそっとその場から離れて行った。(つづきません)

 

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ニザールはようやくペンの動きを止め、暫し自身の書いた文字を眺めた後に、先ほどまでクレティが座っていたスツールを見た。彼女らとは長いこと共に旅をしているが、その素性については本当に知らないことばかりだった。そしてなにより、我々は実に、運命の糸に手繰り寄せられるようにしてMの元へと集まっているという事を改めて認識することが出来た。

我々はそれぞれの人生を歩んできたはずなのに、ある一点から突然、何かに導かれるようにして、驚くほどうまい具合にそれぞれの運命を重なり合わせてきた。間違いなく我々は何かの力によって、今この地に集結させられているのだ。そして俺は、これから始まるであろう物語の、その一部始終を、詳細に文章とし、詩にできる唯一の男だ。ニザールは創作意欲がふつふつと湧き起こるのを感じていた、しかし今は少々疲労していた。一階の酒場で紅茶でも飲んでこよう。自室を出ると、壁際の小さな窓から外を眺めるデシャヴィが居た。

ニザールは下の階へ行くのを一旦止めて、自室のドアにもたれかかってデシャヴィを見た。彼女は微動だにせずに外を眺めていた、凪の海のような平坦な表情だ、何を思うかなど、全くうかがい知れないが、ニザールは自身の想像力を懸命に働かせて考察をはじめた。

—彼女の表情は凪の海のようだ。彼女を例えようとすると、いつも海が関係してくる、それは彼女の出生がそうさせるのかもしれない、小さな漁村の、遠浅の美しい浜辺、心地よい海風、彼女は膝下まで海に浸かる、照りつける太陽に肌は素焼きの陶の色に焼けてつややかに輝く、浜から声をかける家族に幸せそうな笑顔を見せる、デシャヴィにも、もしかしたらそのような人生の道筋があったのかもしれない、しかし、現実はそうならなかった、美しい海を遠くはなれ、酒に酔った男に暴行を受け、森賊に監禁され。そんなひどい人生が、彼女には待っていた、しかしそれをも乗り越えて、彼女は今ここにいて、窓から外を眺めている、まるで凪の海のような表情のまま、彼女は—

デシャヴィはニザールの存在に気づき視線を向けてきた。ニザールは自分の持てる技術を最大限に駆使した最高の微笑みを返して軽く手を振った。そこらの街娘だったら誰だって気分を良くしてくれるはずの微笑みだ、しかしデシャヴィは全く表情を変えないまま、数秒間ニザールを見た。知らない人が見たら、氷のような無表情に見えただろう。しかしニザールは知っていた、穏やかな無風がそうさせているのだいうことを、まさに凪の海なのだ。

「デシャビー!カトりんのパイが焼けたぞーーー!!早くこないとなくなっちゃうよ!!!」

階下から元気の良い声が聞こえた。デシャヴィは一呼吸おいてから、ゆっくりと視線を落としながらニザールに背を向けて階段を降りていった。表情は平坦なままだったが、ニザールにはその小さな背中が少しだけ微笑んでいるように見えた。

(つづく)

 

 

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デシャヴィ、12歳のとき。

エレルダ近郊の屋敷

気持ちの良い午後の日の光が窓から差し込む厨房の片隅に、デシャヴィとカトリンはいた。二人は木箱をはさんで向かい合うように座っていて、テーブル替わりの木箱には古い本と小さい黒板が置かれている。昼間の短い休憩の合間を縫って、デシャヴィの勉強は続けられていた。開かれた古い本を一単語ずつ懸命に追って読んでいくデシャヴィを、カトリンは見守っていた。読み書きについては、デシャヴィもほとんど問題なくこなせるようになってきていたが、長い時間を特殊な状況におかれているが故に、知らない単語が多かった。

デシャヴィ「この、『きぼう』っていうのは、どういう意味?」
カトリン「希望はね・・・なにかを叶えたい、という望みのこと。それを希望って言うの」
デシャヴィ「きぼう・・・カトリンの希望はなに?」
カトリン「そうだねえ、お金を貯めて、また荷車一杯に商品を集めたいね、そうすればもう一度商売を始められるからね」
デシャヴィ「商売がしたいんだ」
カトリン「商売はね、苦労も沢山あるけど、雇われるよりずっといいもんだよ、いつかデシャヴィにも教えてあげるからね」
デシャヴィ「わたしには無理だよ」
カトリン「無理じゃないさ、希望は誰でも持っていていいものなんだよ、いつかデシャヴィもこの場所から解放される日がくる、その日の為にも勉強しておかないとね」

デシャヴィには、自分の待遇が変わるという想像がうまくできなかったが、カトリンの言葉には自分を励ます力を感じた。

デシャヴィ「勉強はすごく楽しいよ、わたしはずっと勉強していたい」
カトリン「それがデシャヴィの今の希望?」

デシャヴィはにっこりと微笑んだ。

数日後の夜、酒に酔い前後不覚となった変態紳士がやってくる音がした。

デシャヴィは何とかこの状況をうまく切り抜けられないか、ということを 日常頃考えているのだが、実際に変態紳士を前にすると、痛みと恐怖の記憶が体の自由を奪い、何の抵抗もできず、思いついた対策も何一つ打てなかった。

変態紳士は焦点も定まらないうつろな目をにやけさせて、デシャヴィを掴むと壁際へ放り投げた。壁にしたたかに打ち付けられ、低く呻いててうずくまるデシャヴィを見おろしなが ら、変態紳士は自分の手に伝わった柔らかな感触に妙な感覚を覚えて、しばらく自分の手を見ながら考えた後、おもむろにデシャヴィの上着をめくり上げた。

歳月は、デシャヴィに二次性徴を与えた。廊下から差し込む蝋燭の炎は、デシャヴィの褐色の肌を照らし、膨らみかけた乳房には相応の 陰影を 与えた。直ぐに上着を直すデシャヴィを見て変態紳士は逆上し、デシャヴィの両腕を掴み上げて、上着をめくり上げて頭に被せるようにして拘束した。デシャヴィの両腕をギリギリと力強くねじり上げながら、こみ上げてくる欲望のままに、変態紳士は目的を果たそうと 動き始めた、片腕でデシャヴィの両腕をまとめて掴み上げておいて、もう片方の手でゴソゴソと動き出した。デシャヴィはまだ12歳であったが、この時代にはアグネスも石原も無いのだ。変態紳士を止められるものは、この世界のどこにも見つからなかった。

カトリンが、デシャヴィに男と女の体のことについて話してくれたのはつい最近のことだった。変態紳士が今、デシャヴィに対して何をしようとしているのか、今のデシャヴィには理解できてしまった。

(でもわたしは、この人のお嫁さんなんだから、これは間違ったことではない)

そう思うと、深い絶望感に襲われ、意識がくらむ思いがした。

(もう、何も、希望が無い)

Nativeデシャヴィであれば、ここで全てを諦め、自身の不運に身を委ね、運命を呪いながらも何もできなかっただろう。しかし、今のデシャヴィは顔はNativeであったが、心はKENGEKIフェイスなのであった。デシャヴィの心にカトリンの言葉がこだました、そう、まだ希望はあるはず。

いやああああああああああああ

デシャヴィは大きく叫んで、体中に力をこめて精一杯に暴れた。変態紳士の、男の力に抗うことは適わず、手足の拘束は解けなかったが、被せられていた上着が、頭から外れた。

\\\\\  ばっ  /////

変態紳士は、自身の欲望が一気に萎えていくのを感じた、己自身が収縮していくことと引き換えに、腹の奥から、デシャヴィに対する憎悪の感情が押し寄せてきた。アルコールによって精神の箍が外れている彼は、こみ上げる全ての憎悪を暴力に変え、デシャヴィに振るっていく。

うおおおおああ

雄たけびを上げながら、馬乗りになっているデシャヴィに対して拳を直線的に落としていった。普段の暴力とは質の違う一撃であった。拳はデシャヴィの顔面へ吸い込まれるように接近し、接触した途端、はじけるようにしてデシャヴィの頭部は床板へしたたかに打ち付けられた。この一撃だけで、デシャヴィの瞳は力を失い、意識が飛んでしまっていた。

今までに無い力で暴力を振るった感触からか、良くわからずにフラフラと立ち上がる変態紳士。見るとデシャヴィが荷車に轢かれたカエルのような姿勢で意識を失いかけて倒れていた。あまりにも不条理な憎しみの気持ちは、とめどなく膨張し、次々と暴力となって放出されることになる。

デシャヴィの無防備なみぞおちへ思い切り足を落としていった。鈍い感触と痛みで、デシャヴィの混濁した意識が引き戻され、途端に襲う鈍痛に身をよじった。

転がるデシャヴィに対して、思い切った蹴りを無慈悲に加えていく。デシャヴィのわき腹に激痛が走った。今までに無い恐怖と苦痛の量を感じ、これ以上はとても耐えられないという絶望感で、デシャヴィは呼吸することもままならなくなってきていた。

変態紳士はずしりと腰を落として馬乗りになると、またしても拳を繰り出していった。2発、3発と、デシャヴィも両腕で防衛を試みたが、次々と落とされる拳のいくつかが顔面へ入り、意識が暗転した。

———

——

(つづく)

 

 

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デシャヴィの受難の日々より、すこしだけ前の話。

レインディ城

エレルダより西に少し進むと、山あいにレインディ城が見えてくる。あまり特徴のない小さな山城である。この城の地下牢にボルチャは居た。

ボルチャは窃盗の罪で捕らえられ、裁かれる為にディリムへと搬送中の身であった。食事は2日前に与えられたパン以外は、壁面からにじみ出て滴る地下水のみで飢えをしのいでいた。

滴り落ちる水滴を口で受けようと必死の形相でがんばっていたボルチャの耳に、こつこつと石畳を歩く音が聞こえてきた。

この地下牢にはボルチャしか収容されていない。今、石畳を歩く人物は、必ずボルチャに用がある、きっと飯だ、飯に違いない。ボルチャは地下水を飲むのをやめて、近づいてくる人物を待った。

フードを被った男が現れた。

男「お前がボルチャだな」

男は良く通る声で問いかけた。フードは頭に被ったままで、表情はうかがい知れない。

ボルチャ「・・・へえ、あっしがボルチャで間違いありませんが・・・」

ボルチャは用心深く男を見据えながらそう答えた。深くフードを被っていて、この男が誰なのか全くわからないが、ボルチャにはこの男と俺はまったく面識が無いであろう、という直感があった。どうも飯を運んできたわけでもないし、一体俺に何の用事があるのか。

男「よし、今からお前をここから出す」
ボルチャ「・・・ということは、もうディリムへ連れて行かれるってことですかね、出立前にせめてパンの一切れでもあるといいんですがねえ」
男「いや、お前の身柄は俺が引き受けることになった。もうディリムへ行く必要はなくなった」

そう言うと、男は看守に牢を開けさせて、ボルチャを外に出した。地下牢を出ると、太陽光にめまいを起こしてボルチャはふらふらとしたが、男はボルチャに休む暇を与えず、引きずるようにして城を後にした。

城門を出た先に、10名前後の男たちが待機していた。フードの男の部下のようだ。

男「よし、ディリム方面へ向かうように進み、頃合を見てキャンプを張る」

ボルチャは、あわただしい展開の中、良く分からないまま連れられていった。

ウシュクル近郊

フードの男一行は、ウシュクル村の近郊でキャンプを張った。ボルチャは食事を与えられ、生気を取り戻していた。

ボルチャ「そろそろ話してくれてもいいと思うんですがね」

ボルチャは、焚き火のむこうでゆらめくフードの男に言った。

ボルチャ「あんた一体、何者なんでさあ。あっしが見る限り、そこいらの田舎貴族どもにはまねできない雰囲気をもってらっしゃるし、あんたの部下たちも、異様だぜ、まるでデカい城の親衛隊みたいな感じがする、ただものじゃない。あんたら一体何者で、あっしに何の用事があるんで?」

たいした男だな、まるでお見通しか—男はボルチャの観察眼を評価した。

男「・・・俺たちは没落貴族の成れの果てだ。領地も宗主も失って、カルラディア中を彷徨っている。申し遅れたが、俺の名前はLと呼んでくれ」

Lと名乗った男は、被っていたフードをとり、ボルチャに素顔を見せた。

赤髪の男だ、顔だけを見るとノルド人のように見えるが、口調や佇まいが、ボルチャの見てきたノルド人とは全く違うものだった。

ボルチャ「Lさん、あっしを牢から出してくれた事は礼を言うぜ、あんたの目的は何かわからんが、出来るだけのことはしやす、こう見えても、あっしはなかなかに義理堅いんでね」
L「俺がお前を牢から出した理由はひとつ、エルレダの周辺にあるという、お前の所属する賊の集団に、俺たちを加えてほしいんだ」

ボルチャは危険な香りを感じ取った。こいつは怪しいぜ、スワディアは、このLという男を使って、俺たちのアジトをあばいて、一網打尽にでもしようと思っているのか?

ボルチャ「・・・・・Lさん、盗賊になる気なのかい?」
L「そうだな、だが、目的は盗賊になる事ではない。ボルチャ。お前の頭領に話があるんだ、ロルフという男に」
ボルチャ「・・・ロルフですかい」
L「そうだ、ロルフも俺と同じように没落した貴族だという話ではないか、今は甘んじて盗賊の真似事をしているに過ぎないと聞いた。彼に話があるんだ、俺の策に乗ってくれれば、ロルフをスワディアの貴族として旧領に復帰することが叶うかもしれない」

ボルチャは話を聞きながら、このLという男について考察をし続けていた。この野郎、なんか匂うな、ロルフの事をやたらと詳しいし、やはり俺たちを消そうと思っているのか?

ボルチャ「Lさんは、スワディアの貴族たちに、何かコネでもあるんですかい?」
L「いや、全く無いね。さっきまでお前が居たレインディ城の領主、プライス卿とは、お前のお陰で顔見知りとなれたがね」
ボルチャ「まったくコネも無く、どうやって、スワディアの領地をロルフに治めさせられるっていうんで?」

L「ボルチャ、お前は俺のことを疑っているのか?お前を解放してやった恩人だというのに」

ボルチャはいつの間にか鋭くなっていた自分の目つきをとっさに緩めた

ボルチャ「いやね、あまりにも話が急だし、うますぎるし。混乱してるんでさあ」

L「しかたがない、ロルフと話す前に、お前に俺の策を明かそう。エレルダ村に、隠居した貴族の屋敷があるのを知ってるか?あそこを襲撃してそのまま隠居貴族と入れ替わるんだ」

(つづく)

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ニザール「えっ?」

それまでサラサラとペンを走らせていた手がピタリと止まり、きょとんとしてクレティのほうを向いた。

ニザール「カトリン?」

クレティ「そうだよ、その、デシャビに勉強を教えてた使用人っていうのが、カトりん」

クレティは、自身の体を前後に揺らして、ずいぶんとガタのきている古いスツールの足が軋む音を楽しんでいたが、ニザールがあまりにもきょとんとしたまま動きを止めてしまったので、クレティのほうもなんとなく顔がきょとん化していった。

両者しばらく固まったのちに、ニザールはペンをインクビンに放り入れて、背筋を伸ばしながら頭をかいた。

ニザール「うーんあのさぁクレティ。俺が書いているコレは、別に物語じゃなくていいんだよ、事実だけを羅列できればそれでいい。そこでカトリンが出てくるのはおかしい・・・」

ニザールは、書いていたノートを掴むと、表紙に題された「カルラディア北方叙事詩のための備忘録」という文字を指差しながらクレティの方向に向き直ると、彼女の様子がおかしい事に気づいた。

クレティ「・・・何?私がうそを付いていると思ってんの?」

そういうと、クレティは素早く投げナイフを構えて、じっとりとした視線をニザールの肋骨の4本目と5本目の間の辺りに合わせてきた。

ニザール「おっおいおい、ちょっとまて、俺の心臓を正確に狙うのはよせ。わかった、本当なんだな」
クレティ「なんで私がうそを付かなきゃならないわけ?そっちのほうが意味分からないでしょ」
ニザール「んまあ、そうだけどさ・・・」

うーん、これはカトリンにも話を聞かないといけないな、と、ニザールは少々うんざりしたような気持ちが湧いていた。

ニザール「しかしなんでまたそこにカトリンが居たんだ?彼女は従軍商人をやっていたんじゃないのか?」
クレティ「んーと、スワディア軍に従軍してカーギットへ遠征した時に、スワディアが大敗しちゃって、カトりんは完全に一文無しになってしまった、で、ひとまずディリムの方向へ逃げ帰っていた途中、エルレダ村で何かあって足止めを食らって、それで仕方なく、その村で宿探しをしていた時に、あの屋敷の使用人の仕事をみつけた、っていう流れだったと思う。まあ、詳しくは本人に聞きなよ」

ニザールはインクビンに浸かったペンをゆっくりと引き上げて、ビンの口で付きすぎたインクを落としながら考えた。ふーん、クレティのいう事は辻褄があっているな、まるっきり嘘というわけでもないようだし、一応書いておくか。

ニザール「しかしデシャヴィとカトリンが、そんな昔から知り合いだったとは、知らなかったなあ」

一気にペンを動かして、速記しながらニザールが言うと、クレティはとても驚いた表情となった

クレティ「えっ、なんで知らないの?こんなにずっと一緒にやってきてんのに」
ニザール「んーまあ、良く考えてみたら、デシャヴィってお前の所に居る時以外はほとんどカトリンと一緒だったな、良くなついてるなあ、とは思ってたけど」
クレティ「ベタベタでしょーよ、デシャビはカトりんのことお母さんとしか思ってないんだから、カトりんが危険だと思うと、信じられない行動力を発揮するでしょ、あの子」
ニザール「うーん、そうだっけな、戦場では俺騎兵だから、弓隊の事は良く分からないんだよな」
クレティ「いやいや、戦場だけじゃなくてさ、例えばブンちゃんとかにも、あの子、勘違いして凄いことになってたでしょ」

そう言われるとニザールは、ウクスカルの酒場でブンドゥクがとても情けない顔をしながらデシャヴィに追い回されていた時の事を思い出した。

ニザール「うっ、ククク、あー、そういえばあのときのブン兄の顔は面白かったなあ、そうか、あれはカトリンに対してブン兄が何か悪い事をする、とデシャヴィは勘違いして、いきなり襲ってきたのか。うっ、かわいそうだなwww」
クレティ「あれは悲惨だったねえ、ふふふ」

ニザールはこみ上げてくる笑いにペン先がぶれるのを嫌って、一度ペンを置いた。

ニザール「あの時はてっきりブン兄が酒臭いのが原因かなにかでキレられていたのかと思ってたよ、そういうことだったのか、とんだ災難だなブン兄、あの日、滅茶苦茶緊張してたのに、すげえぎこちなく、俺の考えてやった詩を持って、カトリンの所へ行って詠み出してたのにな。ふくくく、そういう事だったのか」

宿屋の一室が笑いで満ちた。

ニザール「・・・まあ、しかし、ここまでのお前の話だと、デシャヴィは前向きで明るい少女って感じだな、俺が出会ったときの彼女の印象とぜんぜん違う」

クレティ「うん・・・デシャビが本当に酷い事になったのは、この後だからね・・・」

クレティの表情はそれまでと一転して非常に暗いものとなった。

ニザール「・・・そうか。それでその後、何があったんだ?」

クレティはしばらくうつむいたまま体を前後に揺すっていた。それに合わせてスツールの軋む音がリズミカルに響いた、次第にそのリズムにはテンポが失われていき、完全に停止した時、ゆっくりと口を開いた。

クレティ「詳しくは、私もわからないんだけど・・・」
ニザール「・・・話せるところだけでいいよ」

ニザールはペンをインクビンへ突っ込み、次に紙の上を走らせるための準備をしながら、クレティが次に口を開くのを待った。

クレティ「カトリンたちとね、2年くらいなのかな。デシャビの楽しい時期は続いていたと聞いた。だけど、ある夜に、アイツに今までに無い酷い仕打ちを受けて、全身ボロボロにされてしまったの」

ニザールは少しだけ顔色を曇らせたが、一呼吸置いた後に速記を再開した。

クレティ「朝方、瀕死のような状態の彼女をみつけた使用人たちも、これはあまりにも酷い!と怒った。特にカトりんは怒っちゃってね、一人でアイツに、デシャビの待遇改善を訴え出たの。どう考えても、悪いのはアイツのほうだしね、でもダメだった。あの屋敷と、その周辺はアイツの息がかかってるから、どんなに正しいことでも、全て事実を捻じ曲げられてしまって」

クレティは語りながら、古い怒りの記憶がよみがえり、肩が震えるのを感じた。

クレティ「結局、訴えは却下されて、カトりんは逆に、領主に対して反抗し濡れ衣を着せた罪、ということで鞭打ちを受けて、そのまま領内から追い出されてしまった」

ニザールは思い出していた。野外で炊事をするカトリンのうなじが素敵で、ひとつ詩ができそうだな、と寄っていった所、そのうなじからうっすらとしたアザのあとが見え隠れしていた事を。

クレティ「デシャビはカトりんの事を知ると酷く落ち込んだみたい。すこしずつ怪我が治ってきて、看病してくれた使用人たちに感謝した後は、前向きで明るい所はすっかり消えてしまって、もう誰にも心を開かなくなった」

ニザールのペンは淡々とした速度で記述を続けていた。デシャヴィは一体、どんな酷い仕打ちを受けたのか、の詳細。そして、何故それまでの暴力とは違って、今までに無いほど暴力がエスカレートしたのか。クレティの弁から分からないが、考察すべき2点が浮かび上がり、クレティの発言の記述の横に箇条書きに記した。ここの詳細がわからないと、デシャヴィの人格形成の描写を誤る可能性があるな、カトリンに聞いたら詳細がわかるだろうか?いや、あまり期待はできないな、それに、暴行を受けるのは常に夜、デシャヴィに直接聞かないと詳しいことは絶対にわからない。デシャヴィが、この話を俺にしてくれる可能性はゼロだ。デシャヴィの頭の中を覗き見ることでも出来ない限りは、詳細は謎のままになるな。

ニザール「・・・そうか。で、あのデシャヴィの雰囲気が形成されていった。って感じかな」
クレティ「いや、あのときのデシャビはもっと酷かった。打ちのめされて、心を壊されて。自分を助けようとする人を遠ざけてた。関わる人をみんな不幸にしてしまうと思い込んでいたんだね、精神もボロボロだったし、体も痩せ細っていって・・・」

ペンは記述を続けたが、クレティが口をつぐむとほぼ同時に、ペンも仕事を終えてその動きを止めた。しばらく沈黙が続き、ニザールは機能を止めているペンをしばらく見つめていたが、クレティのほうへ目を向けてみた。すると、うつむいていたクレティは、それを待っていたかのようにニザールのほうへ顔を上げてにっこりとして言った。

クレティ「だけど、そこへ私が現れて、デシャビを助けちゃうわけ!」

(つづく)

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指揮官Mについて

謎の男、指揮官M。ニザールの残した手記「カルラディア北方叙事詩のための備忘録」によると、彼の生い立ちはこのように中二っぽく記されている。

——指揮官M。本名は後述するが、最初に彼が名乗っていたのはこのMという1文字である。彼はこの手記にとって正に主人公にして中心人物で ある。彼の物語の冒頭は、ウィルチェグの北方オダサン村の近くの浜辺に打ち上げられて倒れこんでいた所を、村民に助けられた所から始めたほうが良いだろ う。

村民の手厚い介護によって、ようやく意識を取り戻したMだったが、彼は自分の記憶の大部分を失ってしまっている事に気づく。彼の脳に残された記憶 は、怒号や銃声が飛び交うノルド船の片隅で、逆光の中にある男が、彼や彼の同胞と思しき者たちに向かって叫んだ声であった。「我らの手で、世界を変える ぞ!ここが始まりだ!死線を越えて見せよ!」

次の瞬間、近くに飛んできた砲弾の衝撃で、船から投げ出されたMを、男が手を伸ばし助けようとするも、そのまま海面へと落下し、突如まばゆい光を感 じ、その後意識が暗くなっていく・・・彼の記憶は、たったこれだけになってしまっていた。名前はおろか、生まれも育ちも全て失われていた。風貌から察する に、ノルド人であることは確かなようだが、推測できるものはその程度でしかなかった。

彼は、自身のほとんど唯一の持ち物として手にしていた、手帳に記されたMという1文字を名前とした。手帳の中身は彼の記憶と同じように大部分が海に 流され失われてしまっていた。なんとか読み取れる部分は全て、用兵に関する記述だけであった。彼の記憶が確かな頃には、戦略、戦術の類を熱心に勉強してい た事が見て取れた。それは、斧と盾を持ち、常に突撃を旨とするノルド人には不要のものであるはずだが・・・。記憶を失う以前の彼は、一体何者で、何をしよ うとしていたのか。それを知るには、物語の核心を記す必要がある。全ては未だ謎のままに、順を追って記していくことにする——

デシャヴィ伝#01

「カルラディア北方叙事詩のための備忘録」より、デシャヴィの頁を紐解く。

—カルラディア北西、最果ての村クルム。デシャヴィはそこで生まれた。家は貧困を極めており、両親はデシャヴィのその、あまりの器量の悪さに、 早々に嫁に出すことにした。デシャヴィ、10歳の頃である。お前には若さしか取り得が無い、とにかく若さを前面に押し出していくしかない。両親のビジネス はうまくいった。

「ロリならば」と、変態紳士の下へ嫁ぐことになったデシャヴィ。しかしこの紳士も、デシャヴィのあんまりな風貌に呆然とし、彼女を調理場の隅を寝所 とさせ、足枷をつけて一生そこで働かせることにした。ある日酒に酔った紳士が現れて、デシャヴィを襲おうとしたが、思わず顔を見てしまった為に憤慨し、そ のままフルボッコにされてしまうこともあった。その後は酒に酔うとデシャヴィを殴りにやってくるようになった。幼い彼女には抵抗する術も無かった。屋敷で 働く使用人たちは彼女を不憫に思うものの、誰一人手を差し伸べるものはいなかった。彼女は常に一人だった。

後にデシャヴィ自身も語っていたが、このような不幸話は、実に良くある話であって、とりたてて酷く不幸、というほどのものでもなかった、というのが 実状である。この手の話は、酒場にでも行けば嫌というほど聞こえてくるのがカルラディアである。この大陸を覆う、長く続く乱世と、腐敗した貴族社会の中で は、法や秩序は全て権力の元に集まり、本来守られるべき者たちは、常に搾取される側に回されているのである。

夜。調理場の隅にボロ布を敷いただけの寝所から窓をのぞくと、一際輝く星があることに気づいた。北極星だ。この星は、いつどんな時でも、同じ場所か ら彼女を照らした。彼女は星に祈りをささげるようになっていった。「星の神様、今日も生きることができました。どうか明日も私を守ってください」

こうして、デシャヴィの壮絶な日々が過ぎていった。彼女は恐怖と痛みにただひたすらに耐えた、彼女が男臭やアルコール臭に対して過敏に反応するの も、この陰惨な日々が影響を及ぼしているのは間違いない。夜になると毎日かかさず星に祈った。そして、ある日のこと、デシャヴィがいつものように祈りをさ さげていた時。

——お前に秘術をさずけよう——

デシャヴィ「!?」

突如、星が輝きだしたように見えた

——私の秘術を授ける、私の言うとおりにすれば、お前は真の姿を得ることができるぞ——

デシャヴィ「・・・あなたは、星の神様?」

——・・・人は私を、Yuiasと呼ぶ——

デシャヴィ「Yuias様」

——さあ、私の秘術を受け取るが良い、これでお前はもう不細工なんかじゃないぞ——

こうして彼女は秘術を得ることになった。それは—説明をするのが非常に難しいのだが—要するに化粧のようなものであるようだ、しかし、この 秘術は彼女の顔形が全くの別人となってしまうという、およそこの世の技とは思えぬ技術なのである。クレティはこの秘術に関して言った「ね、簡単でしょ?要 はテクスチャの差し替えなわけ、女の子なら誰でも使える魔法なんだけどね」——

<注意>
このお話はフィクションなので実在の人物とは関係ありません、が、Yuiasさんがいなかったら今日のデシャヴィさんは無かった

デシャヴィ伝#02

星の神の願いが通じてKENGEKIスキンを手に入れ、褐色の美少女となったデシャヴィであったが、その姿を変態紳士に見つかってしまったら間違い なく酷いことをされてしまうことが目に見えていたので、結局はアバズレNativeスキンで生活をするしかなかった。外見は以前と変わらなかったが、デ シャヴィの心は少しだけ晴れやかな気持ちになり、精神は幾分前向きになることができた。

それまで、デシャヴィとどう接していいのかわからず、距離を取っていた使用人たち、彼女らにもデシャヴィは自ら積極的に話しかけたり、仕事を手伝う など、親しみを持って接するようになった。すると、彼女らの大部分の者たちは、デシャヴィの境遇を不憫に思いながらも、何もできない自分たちを不甲斐なく 思い、デシャヴィに申し訳ないような、いたたまれないような気持ちを持っていたということを知った。

デシャヴィは、こんな自分のような者を、そこまで気にかけてくれていたという事、それだけでも純粋に嬉しく思い、素直に感謝の気持ちを伝えた。次第 に使用人たちとデシャヴィは打ち解け、昼間の生活がデシャヴィにとって心地よいものに変化していった。相変わらず足枷を付けられて、調理場からは一歩も出 られず、夜には酒に酔った変態紳士が殴りにくることもある、酷い境遇には変わらなかったが、使用人が休憩の合間に会話をしにきてくれたり、教育を全く受け ていないデシャヴィのために読み書きを教えてくれる者まで出てきた。

事態は良い方向に向かうように思え、デシャヴィの未来は少しだけ明るい兆しを見せた。しかし、デシャヴィの人生には、更なる苦痛が待ち受けているのだった。

(つづく)

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