デシャヴィ、12歳のとき。
エレルダ近郊の屋敷
気持ちの良い午後の日の光が窓から差し込む厨房の片隅に、デシャヴィとカトリンはいた。二人は木箱をはさんで向かい合うように座っていて、テーブル替わりの木箱には古い本と小さい黒板が置かれている。昼間の短い休憩の合間を縫って、デシャヴィの勉強は続けられていた。開かれた古い本を一単語ずつ懸命に追って読んでいくデシャヴィを、カトリンは見守っていた。読み書きについては、デシャヴィもほとんど問題なくこなせるようになってきていたが、長い時間を特殊な状況におかれているが故に、知らない単語が多かった。
デシャヴィ「この、『きぼう』っていうのは、どういう意味?」
カトリン「希望はね・・・なにかを叶えたい、という望みのこと。それを希望って言うの」
デシャヴィ「きぼう・・・カトリンの希望はなに?」
カトリン「そうだねえ、お金を貯めて、また荷車一杯に商品を集めたいね、そうすればもう一度商売を始められるからね」
デシャヴィ「商売がしたいんだ」
カトリン「商売はね、苦労も沢山あるけど、雇われるよりずっといいもんだよ、いつかデシャヴィにも教えてあげるからね」
デシャヴィ「わたしには無理だよ」
カトリン「無理じゃないさ、希望は誰でも持っていていいものなんだよ、いつかデシャヴィもこの場所から解放される日がくる、その日の為にも勉強しておかないとね」
デシャヴィには、自分の待遇が変わるという想像がうまくできなかったが、カトリンの言葉には自分を励ます力を感じた。
デシャヴィ「勉強はすごく楽しいよ、わたしはずっと勉強していたい」
カトリン「それがデシャヴィの今の希望?」
デシャヴィはにっこりと微笑んだ。
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数日後の夜、酒に酔い前後不覚となった変態紳士がやってくる音がした。
デシャヴィは何とかこの状況をうまく切り抜けられないか、ということを 日常頃考えているのだが、実際に変態紳士を前にすると、痛みと恐怖の記憶が体の自由を奪い、何の抵抗もできず、思いついた対策も何一つ打てなかった。
変態紳士は焦点も定まらないうつろな目をにやけさせて、デシャヴィを掴むと壁際へ放り投げた。壁にしたたかに打ち付けられ、低く呻いててうずくまるデシャヴィを見おろしなが ら、変態紳士は自分の手に伝わった柔らかな感触に妙な感覚を覚えて、しばらく自分の手を見ながら考えた後、おもむろにデシャヴィの上着をめくり上げた。
歳月は、デシャヴィに二次性徴を与えた。廊下から差し込む蝋燭の炎は、デシャヴィの褐色の肌を照らし、膨らみかけた乳房には相応の 陰影を 与えた。直ぐに上着を直すデシャヴィを見て変態紳士は逆上し、デシャヴィの両腕を掴み上げて、上着をめくり上げて頭に被せるようにして拘束した。デシャヴィの両腕をギリギリと力強くねじり上げながら、こみ上げてくる欲望のままに、変態紳士は目的を果たそうと 動き始めた、片腕でデシャヴィの両腕をまとめて掴み上げておいて、もう片方の手でゴソゴソと動き出した。デシャヴィはまだ12歳であったが、この時代にはアグネスも石原も無いのだ。変態紳士を止められるものは、この世界のどこにも見つからなかった。
カトリンが、デシャヴィに男と女の体のことについて話してくれたのはつい最近のことだった。変態紳士が今、デシャヴィに対して何をしようとしているのか、今のデシャヴィには理解できてしまった。
(でもわたしは、この人のお嫁さんなんだから、これは間違ったことではない)
そう思うと、深い絶望感に襲われ、意識がくらむ思いがした。
(もう、何も、希望が無い)
Nativeデシャヴィであれば、ここで全てを諦め、自身の不運に身を委ね、運命を呪いながらも何もできなかっただろう。しかし、今のデシャヴィは顔はNativeであったが、心はKENGEKIフェイスなのであった。デシャヴィの心にカトリンの言葉がこだました、そう、まだ希望はあるはず。
いやああああああああああああ
デシャヴィは大きく叫んで、体中に力をこめて精一杯に暴れた。変態紳士の、男の力に抗うことは適わず、手足の拘束は解けなかったが、被せられていた上着が、頭から外れた。
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\\\\\ ばっ /////
変態紳士は、自身の欲望が一気に萎えていくのを感じた、己自身が収縮していくことと引き換えに、腹の奥から、デシャヴィに対する憎悪の感情が押し寄せてきた。アルコールによって精神の箍が外れている彼は、こみ上げる全ての憎悪を暴力に変え、デシャヴィに振るっていく。
うおおおおああ
雄たけびを上げながら、馬乗りになっているデシャヴィに対して拳を直線的に落としていった。普段の暴力とは質の違う一撃であった。拳はデシャヴィの顔面へ吸い込まれるように接近し、接触した途端、はじけるようにしてデシャヴィの頭部は床板へしたたかに打ち付けられた。この一撃だけで、デシャヴィの瞳は力を失い、意識が飛んでしまっていた。
今までに無い力で暴力を振るった感触からか、良くわからずにフラフラと立ち上がる変態紳士。見るとデシャヴィが荷車に轢かれたカエルのような姿勢で意識を失いかけて倒れていた。あまりにも不条理な憎しみの気持ちは、とめどなく膨張し、次々と暴力となって放出されることになる。
デシャヴィの無防備なみぞおちへ思い切り足を落としていった。鈍い感触と痛みで、デシャヴィの混濁した意識が引き戻され、途端に襲う鈍痛に身をよじった。
転がるデシャヴィに対して、思い切った蹴りを無慈悲に加えていく。デシャヴィのわき腹に激痛が走った。今までに無い恐怖と苦痛の量を感じ、これ以上はとても耐えられないという絶望感で、デシャヴィは呼吸することもままならなくなってきていた。
変態紳士はずしりと腰を落として馬乗りになると、またしても拳を繰り出していった。2発、3発と、デシャヴィも両腕で防衛を試みたが、次々と落とされる拳のいくつかが顔面へ入り、意識が暗転した。
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